itamame24のブログ

よいときも、そうでないときも、おなじ心で

考えるための「道具」がある人はチート状態。頭の使い方を考える

「この人はどうしてこんなに頭がいいの?」「よくそんなアイデアが浮かぶなあ」「それに対して自分はまったくダメだ」と思ってしまう人も多いのでは。

僕もそんな一人で、先日凄いアイデアを目の当たりにして参ってしまった。しかも、それは深く考えれば思いつきそうなものだったのに、自分は全くそれを考えなかった。

そんな自分の頭のポンコツさ具合にやられてしまって情けなくなった。そこで少しでも頭がうなく使えるようになるにはどうすればよいのか、勢いで少し考えてみた。

「小さな発明」は誰にだってできる

「よいアイデアが浮かぶこと」は「上達すること」にリンクしている。だからこそ、よいアイデアが浮かぶ人間になれないことが悔しい。

主に「上達」とは、何かを「発見」すること、そして何かを「出来る」ようになることだ。逆上がりに成功したら、逆上がりをする方法を「発見」したのだ。

反対に、何かを「発見」することは、何かが「出来る」ようになることだ。最高に美味しいラーメンの作り方を「発見」したら、それを作ることが「出来る」ようになったということだ。

そう考えると、上達する人は発明家の素質があるんじゃないか。発明家とは大げさだが、「小さな発明家」といえるかもしれないと思った。

他人よりも実力で劣っている現状を補うには、新しい自分だけのアイデアが必要だ。そのためには、既存の枠にとらわれない「小さな発明家」にならなければならない。

小さな発明家になるためには「考具」が必要

そもそもなぜ、頭の柔らかい人がいるのか。よいアイデアが浮かぶ人がいるのか。才能の違いなのか?

そこで「考具」という本のことを思い出した。考えるっていうのは、なんとなく感覚で行なうのではなく、「考えるための道具」が必要っていう本(だった気がする)。

その本にはいくつかの「考具」が紹介されてたけど、それを駆使したからといって自分の分野に適応できるのは限定的だと感じた。

カラーバスやブレインストーミングといった考具だけではなく、それぞれの業務に特化した考具が必要だと考える。そのために、新たな「考具」をつくってしまうことが求められると感じた。

 まずは現存のツールを駆使する

新たな「考具」をつくる前に、既存のツールを駆使するべきだ。

イデアというのは、まったく新しい概念を生み出すものだとは限らない。むしろ、小さな発明は「少し生産性が上がる」程度。しかし、それはとても大きな進歩だ。

大切なのは、新しいシステムとどんどん試し、よいシステムは採用すること。「今はこれで回っているから大丈夫」などと悠長な構えだと、淘汰の対象になりかねない。

マッチ棒で火を付けられるにもかかわらず、キリモミの摩擦で火をおこし続ける原始人のようにならないためには、新しいことを試して行かなければならない。

新しい道具を使っていくことは、小さな発明とはいえない?そんなことはない。現存のツールを「本来の使い方ではない」風に利用し、それで業務に利用できるならば小さな発明だ。これらは、ITであれば新しいシステムやソフトなどが該当する。

(その前の段階として、現存のツールを「本来の使い方で」利用するというフェーズがある)

「自分だけの新しい道具(ツール)」が必要になってくる

①現存の道具(ツール)を本来の用途で活用

②現存の道具(ツール)を本来しない用途で活用

1を正しくすることは、生産性を上げるために欠かせない。けど、これを徹底していない人や企業は多い。上述の通り、マッチ棒ではなくキリモミで火をおこす原始人状態だ。

その次に2のフェーズがある。思いつく具体例は個人的過ぎるので紹介は控えるが、これが出来ると一人勝ち状態に近くなる。それを知っているのが自分だけなのだから、自分だけ道具(ツール)を持っている状態だ。

そして、この次に来るものはなにか?

③道具(ツール)を開発して活用

たとえば、ブログを書くときにキーボードを打たなくても頭に思い描いただけで文字になる道具を開発したら、自分だけ記事を量産できる。

これは大げさな例だけど、暗記したいときに自分だけの語呂合わせを開発するといったことも3に入り、これを凄く小さな規模で行っていくことが差をつける鍵だと思う。

感覚に頼らず理詰めで考える

①現存の道具(ツール)を本来の用途で活用

②現存の道具(ツール)を本来しない用途で活用

③道具(ツール)を開発して活用

これらが進んでいく原動力は、「問題がある」という認識だ。改善しないといけない状況に迫られたとき、人間は頑張って効率化しようと考える。

しかし、不便を感じていないときはどうだろうか。さらに効率化できる道具(ツール)があるにもかかわらず、それを見逃してしまいやすい。

安いものに満足していたにもかかわらず、高いものを使うと「こんなに違うのか」と感動することがある。しかし、安いもので不便を感じていないかったからこそ、新しい可能性に気が付かなかった。

これを教訓とするために、「自分の感覚は信頼しない」ようにしたい。不便だと感じていない業務ですら、改善の余地だらけだと認識することから新しい可能性が始まる。

まず本気になること

自分の感覚は信頼しない、に似ているが、さしあたって「真剣になる」ことが求められる。「考える」ことをやめないという本気さが次に繋がる。

日本にはさまざまな塾があるが、東大首席卒業者の勉強メゾットは同じだろうか。多分、バラバラだろうと予想する。

勉強メゾットにも、出来のよさと悪さはあるはずであり、よいメゾットがあれば悪いメゾットもある。けど、それは情熱(本気さ)の前には小さなアドバンテージに過ぎない。

よいアイデアや効率化、生産性の向上を目指すなら、それを実現したいと本気で感じ続けることがスタートラインだと思う。頭の悪さを言い訳にしない。

「ムリ」とか「イケる」などの感覚は全くあてにならない

直感的に「これはイケる」と思うことがある。上手くいっている、もしくは上手くいくに違いないと感じる。

しかし、蓋を開けてみるとそうではないことも多い。「これはムリそうだ」「これはイケそうだ」と直感的に感じたときは、要注意だ。

「これはムリそうだ」と感じたときは、なぜそのように直感したか分析してみたい。そして、本当にムリなのか、どうすれば成立するのかを考えてみたい。

「これはイケそうだ」と感じたときは、それは油断ではないのか考えたい。なぜその根拠があるのか。それって本当に凄いのかを慎重に考えたい。ヒューマンエラーの可能性もある。 

どのように新しいイノベーションを生み出すか

「小さな発明」を実現するにはどうすればよいのか。その生産プロセスこそ、考える道具(ツール)が必要とされる。

仮説を立てて検証する

これは本当に面倒だ。今上手くいっているフィーリングを放り投げ、なぜ新しい仮説を立てて検証しなければならないのか。

しかし上述の通り、上手くいっているのは勘違いで、感覚を当てにしてはならない。そんなの上手くいくはずがないよと感じる仮説についても、しっかり検討する。

寝起きがスッキリしないのなら、寝る前にあらかじめカーテンを開けてみる、寝起きにシャワーを浴びてみる、コップ一杯の水を飲んでみるなど。ダメ元でトライし続ける。そんな感じで、業務を改善してみる。

要素を分割して考えてみる

解決する方法がわからないのなら、分割してみるとわかりやすくなる。ブログでは、いきなり書き始めるよりアウトラインを作成するとスムーズに書ける。

これは分割していることに他ならない。ここに何を書けばよいのか、と目安があるからスムーズに書ける。

分割すると目安ができる。これを実現するためには、どんな要素が満たされなければならないのか。一つひとつ考えていく。

新しい商品を成立させるためには、どのような要素が求められるか。目新しさ、持っていて恥ずかしくないデザイン性、〇〇円以下の販売価格、という風に、これらを1つずつ分割して考えることで何も形を持たなかったアイデアに形が生まれる。

要素をくっつけて考えてみる

既存のAとBをくっつけることで未知なものができる。「音楽」+「モバイル」=「ウォークマン」みたいに(少し例えが古すぎるかもしれない)。

これはかなりメジャーな発想法なのでこのへんで。

逆転の発想で考えてみる

逆転の発想も新たなアイデアに有効だ。「逆にいえば…」と問いかければよい。「パソコンって打つの疲れるなあ、逆にいえば…」。

「海にいると落ち着くなあ、逆にいえば…」とか、なんか思いつきそうな気がする。自分の業務に役に立つものが得られる可能性がある。

自分の行動に理由を探す

マーケティング分野の人や、他人を知らなければならない人に有効なのは、自分がしたことに理由をつけることだ。

なんで自分はこれをしたのか

いつも訪れてしまうサイトがある。なんでなのかな?→サイトのマーケティングに役に立つ。

いつも買ってしまうジュースがある。なんでなのかな?

この人といると安心する。なんでなのかな?

自分はこれをしている時楽しい。なんでなのかな?

この文章はかなり読みやすい。なんでなのかな?

このように考えることで、それを仮説立てて検証する。このような分野は特に感覚に頼っている事が多いので、自分を実験対象としてみるとかなり面白いかもしれない。

パクる勢いで分析してみる

完全にパクるのはいけないが、学ばせてもらうことはするべきだ。それを自分のオリジナリティと融合させることで、新たな感覚に仕上げることができる。

「こんなやり方があったのか」と感動して悔しくなったことを冒頭に紹介したが、これはパクらせてもらった。その後、かなり生産性が上がったが、出来上がったものはまったく異なっていた。

つまり、プロセスをパクったところでまったくコピーにならない。出来上がったものをパクるのは絶対にいけないが、プロセスをパクることは人間が進歩していく上でかなり必要なことだ。

例えば作家が面白い作品を発表していたら、それをパクるのはダメだが、その作家が面白い作品の要素として「裏切り」を重視しているのであれば、自分の作品にも裏切りを取り入れる。

こんな風にパクっても、実際にどのような裏切りとなるのか個別的シチュエーションはまったく似ない。それは書いている人間が異なるからだ。

自分にない視点を手に入れて、それを自分の個性で料理するとうまくいきやすい。

うまくいっているという「事実」に学ぶ

理由はわからないがうまくいっていることがあれば迷わず取り入れる。ある人が上手くいっているやり方があって、その理由はわからないとする。

ただし上手くいっていることが確実なのであれば、それを取り入れれば自分もうまくいく可能性は高い。

どんなに賢い人でも完璧ではなく錯覚だらけなので、その理由がわからないということは往々にしてある。しかし、もっと高い次元ではしっかり理由づけされている可能性が高く、もし全知全能の神がいれば根拠を説明できる。

このようなよくわからない事象を味方につけることができれば、前進する可能性は高い。

上述の通り、自分の感覚というものを過信するのはよくない。それよりも上手くいっている事実のほうを重視するべきだ。

表に出ている部分しか考えないのはダメ

新しいアイデアを思いつくためには、表に出ている部分だけを検証するのでは材料不足だ。表に出ている部分しか考えないのは、一種のワナにかかってしまっている状態だ。

文章の内容と、文章の「裏」の内容

あるブログがあったとして、そのブログには有益な情報が多くあるとする。このようなとき、そのブログの表の文面だけを理解するのではアイデアは限定的だ。

文章には「表の意味」と「裏の意味」があり、裏の意味についてはこちらが独自に考えることだ。裏を読めるということが新しい扉を開く上で大切なこと。

たとえば小説であれば、

①ストーリーそのものの機械的な進行(表の意味)

②作者のメッセージ性(作者が知っている裏の意味)

③文の節々から読み取れる作家の脳内(真の裏の意味)

があり、③は作者も気がついていない。もし③が読み取れるのなら、作者の技術を盗めるかもしれない。

同じように、もし仕事ができる人がいたら、その人の業務を真似するのはもちろん、本人すら気がついていないプロセスに着目する。それを仮説立てて検証したい。

結果だけ見るのではなく、なぜそのような選択をしたのか、というプロセスのほうが重要だ。結果だけを見てパクっても応用範囲が狭いが、プロセスを学んだら他にも応用できる可能性が極めて高い。

また、他人からアドバイスをもらったときは、アドバイスのみを鵜呑みにするのではなく、「なぜこの人はこのように考えているのか」といったことも考えたい。そうすれば、アドバイスだけでなくさまざまな思考が学べる可能性がある。

階層になっていても諦めずに問い続ける

(唐突だけど)たとえばあなたが幸せになりたいとする。「でも幸せって何?」「自分にとっては夢中になれることかな」「夢中になれる行為って何?」「夢中の定義は?」のように、永遠に終わらない。

この記事を書こうと思ったときも、「アイデアってどうしたら上手く考えつくの?」→「感覚じゃなくて、道具を持つことが大切かも。考えるための道具も必要なはず」→「でも考えるための道具って?」→「わからないけど、『考えるための道具』を考えるための道具が必要なんじゃ」。

もしくは、「分割して考えるのも『考えるための道具』の1つかも」→「分割するためにはどうすればよいの?」→「わからない」。みたいに、階層になっているため終わりがない。

けど、これを粘り強くやっていけば、頭はよくならないかもしれないけど、自分の頭のポテンシャルを使い切れるようになる。

記事をまとめると、考えるための道具やツールを利用・開発することで優位に立てるかも。ということになります。